等々力/歴史スポット

前回のHalelea等々力周辺散策に引き続き、今回は歴史を感じるスポットを紹介していきます。

このエリアは古墳時代531年、地方の豪族が起こした武蔵国造の乱として日本書紀にも記された一大事件の舞台であり、古代の古墳が多く点在しています。

多摩川の左崖から国分寺崖線に沿って広がっており、総じて野毛古墳群と呼ばれています。

当地、尾山台(旧尾山村)の地名も、高台を指す小山が元となり、尾山台の地形の由来はこの古墳群にあったといえます。

そして、野毛古墳群の一つである狐塚古墳が商店街を抜け、歩いて約3分の住宅街の中にあります。

 

見学時間 4月~10月 8:30~17:30、11月~3月8:30~16:30

狐塚古墳は、古墳時代中期後半のもので、円墳の形をしていると推測されています。

狐塚という名前は、かつて小さな稲荷の祠があったことが由来になっているようです。

墳丘から縄文土器や石器、古墳時代の土器も出土していることから古墳が造られる前の時代からこの地域に人が暮らしていたことがうかがえます。

ここはかつて世田谷区立尾山台クラブ広場という名称で開口されていましたが、平成27年3月31日に緑地としてきれいに整備されていています。

高台にあるため、とても見晴らしがいいです。

区のサイトによると、晴れた日には富士山が見えるそうです。

また狐塚古墳から等々力駅方面の西へ300mほどで御岳山古墳、そこからさらに500mほどで野毛大塚古墳と続き、自由が丘駅方面の南へ550mほどで八幡塚古墳と近くにこれだけの古墳があります!!

その他の野毛古墳群の紹介

御岳山古墳

御岳山古墳 世田谷区ホームページより

5世紀中頃に造られた古墳と推測されており、大正時代には七輪協が発見されたり、戦後まもなく鉄三角版錯留短卑が発掘されたりと興味深い出土品がいくつも見つかっています。

野毛大塚古墳

野毛大塚古墳 世田谷区ホームページより

玉川野毛公園内にあり、野毛古墳群の中心となる5世紀初期等に築かれた大型の古墳です。真上から見ると帆立貝の形をしていて、この形の古墳としては全長82mと日本最長であるとされています。

八幡塚古墳

銅 鏡(獣形鏡) 世田谷区ホームページより

宇佐神社境内本殿右手にある古墳です。直径30mの円墳で1000点近くの多くのガラス小玉や鉄刀が出土しています。

 

 

そして次に向かったのは、狐塚古墳緑地から500m、寮の坂にある伝乗寺です。

寮の坂と呼ばれているのは、かつてその僧侶たちの寮もこのあたりにあった名残であるそうです。

石碑にある1316年というのは発掘された板碑の日付によるもので、記録によると徳和家康が江戸に入った直後の1590年代の創建といわれています。

宗派は日本人なら馴染みのある、「南無阿弥陀仏」を日々唱えることにより、極楽浄土へ行けるという教えを説いている浄土宗で、本尊は阿弥陀如来です。

山門、本堂、五重塔ともに小ぶりながら室町時代の雰囲気を残した上品なお寺です。

山門(仁王門) 江戸時代後期築の薬医門を昭和42年に仁王門に改造したものです。 屋根は三重の重厚な造りで、左右には立派な仁王像が構えられています。 総門は区内で3つしかないといわれている仁王門です。

門の脇には、柔和なお顔のお地蔵様が安置されています。このお地蔵様は頭と体で作られた年代が500年も違うといわれ、昔から「大変なご苦労をなさったお地蔵様」だと伝えられています。

五重塔(左) 都内では珍しい木造の五重塔で、建立は2005年とされています。 高さは15mほどのものです。 山形県にある平将門が創建したといわれている羽黒山を参考にされたようです。
本堂(右) 唐風屋根が特徴的な本堂です。 松高山という扁額があります。

今回は紹介しきれませんでしたが、このエリアには有名な等々力渓谷や、東京都指定名勝にも指定されている等々力不動尊など歴史スポットがあります。

歴史に触れながらちょこっと散歩でもいかがですか?

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